意と匠研究所

ギザギザハートはノコギリの手触り

(ガ・われ・わ など)

漢字「美」に近い漢字に「義」がある。「羊」と「我」を縦に組み合わせた漢字だ。「義」の成り立ちも、「美」に近い。生贄にする羊に対して、「我」を働かせることによって、美と近いながらも少し異なる意味を表現した漢字である。では、「我」とはそもそもなんだったのか。

現代で「我」は、自分自身、自己、自我という意味を生じる漢字である。しかしその成り立ち時点での意味は異なる。「我」は仮借文字であり、字形はノコギリを想起させるものだ。ギザギザした形状は、ノコギリの刃を表したもので、自分自身や自己としての一人称を表現する漢字ではなかった。古代中国では、ノコギリは羊などの生贄を解体するために用いられた道具であるため、「我」は「羊」と合わさって「義」として展開、さらに「犠」「儀」「議」などに広く発展していく。人と神とをつなぐ精神的な行いや祭礼的、政治的な色彩を帯びていったのであろう。一方、「我」自体は一人称を意味する漢字として定着し、ノコギリには「鋸」の字を作って、広く用いられるようになったようだ。「我」単体では、その本来の意味は現代ではほぼ失われたが、その形だけは残った。

そう言われて古い「我」(写真)の字を眺めると、ギザギザ感に気持ちがチクチクしてくる。押し引きでモノを切る長いノコギリとこれを使う人の姿を私は認めることができるからだ。しかし、現代の「我」を見れば、左回りに回転している円盤型のノコギリに見えてしまう。これはあくまで、私の視覚感性であろう。(下川一哉)

参考文献:『常用字解』(白川静/平凡社)

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