意と匠研究所

神に祈りを捧げるための器の形

(コウ・ク・くち など)

「口」に関する白川静先生の研究と考察、さらにこれらの発表ほど、漢字に関して衝撃を受けた経験はない。これまで「口」を、くちをかたどった象形文字とのみ理解していた私にとって、古代中国時代に「口」がくちの意味や形で使われた形跡はなく、神に捧げる祝詞などを納める「サイ」という器をかたどった漢字として生まれたという考察は、すぐに受け入れられるものではなかった。さらに、くちを模した「口」はもっと後の時代に生まれたという白川先生の主張は、私のみならず、多くの人々の関心を集め、反論も交わされた。

私の駄筆(写真)が漢字「サイ」である。現代の「口」とはフォルムやプロポーションが異なる。容器本体の形は縦長で、底は少し尖っている。地面や木製の棚に差して固定するための形だったのか。本体中程に横線があり、蓋か持ち手のように見える。様々な「サイ」の文字を見ても、本体からこの横線が水平方向に飛び出ているものはないのでこれは持ち手ではなく、大切な祝詞などを納め、神聖さを保つための蓋だったと私は思う。むしろ、天に向かって本体両端から伸びた2本の縦線が持ち手で、両手でつかんで恭しく持ち運んだのだろう。ここで気づいたのだが、「サイ」は祝いの酒樽として今も日本で用いられる角樽に似ている。

このように私が想像をたくましくするのは、古代の遺物としての「サイ」を確認したことがないからである。どこか博物館に収蔵されているだろうか。とにかく、陶磁器なのか、木製品なのか、金属器なのか、サイズがどのくらいなのか、私にはいまだ不明なのである。(下川一哉)

参考文献:『常用字解』『字統』『字通』(白川静/平凡社)

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