意と匠研究所

4つの「口」が囲むのはあの動物

(キ・うつわ など)

「口(サイ)」を含む漢字の中で、最も印象的で、少し背筋が寒くなるのが会意文字「器」である。以前から「器」は、何か意味深い成り立ちの漢字ではないかと感じていた。4つの「口(クチ)」と「大(ダイ)」を対称的に配置したと信じていたこの字に、私は器が持つ造形的な美しさや端正な配置さえ投影していた。しかし、白川先生の考察と主張を理解した途端、私の思い込みは粉々に砕け散り、漢字「器」が持つ呪術性や神秘性に慄いてしまった。

まず、「器」は4つの「口(サイ)」と「犬(いぬ)」を組み合わせた字なのである。「口(サイ)」はvol.004で解説したとおりで、「大(ダイ)」と思っていたパーツは「犬(いぬ)」なのである。えっ! 犬なの? 大じゃないの? 「'」がないじゃないか! と身を乗り出し、首を傾げた。白川先生の考察では、4つの「口(サイ)」の中心に生贄の「犬(いぬ)」を横たえて、「口(サイ)」に納めた神への祝詞などを清めたという。古代の「器」の字の模写(写真)を見ると、そのことを視覚的に理解できる。「犬(いぬ)」は現代の「けものへん」へ進化していったであろうことも推測できる。

「美」といい「器」といい、我々が普段何気なく使っている漢字の成り立ちに、神との交信とそのための生贄の存在や役割が深く関わっていることに鳥肌が立つ。このように、表意文字である漢字に慄く機会は、少なくない。これは漢字が持つ力の1つなのだ。さらに白川先生は、日本での常用漢字への省略過程で、「器」の「犬」を「大」に簡略化してしまったことに憤りともいえる悲しみを抱えていた。

「器」の成り立ちを知ると、「容器」をパッケージと単純に置き換えてはいけないのかもしれないと思う。「容器」がスーパーマーケットやコンビニに無数に並び、環境問題になっている現代を、古代の中国人や日本人はどう思うだろうか?(下川一哉)

参考文献:『常用字解』『字統』『字通』(白川静/平凡社)

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