意と匠研究所

生贄の代表だから横たえられているのか?

(ケン・いぬ など)

現代人にとって、動物を生贄(いけにえ)にすることには違和感があるだろう。特にペットとして動物を飼っている人には、顔をしかめたくなるような話だ。しかし、古代中国人にとって、神との交信のために動物を生贄にして、供物やメッセージを清めることは、厳かで重要な儀式だった。したがって、生贄にした動物を表す漢字の歴史も古い。

生贄に用いられた動物には、ここで紹介する「犬」のほか、羊や牛、豚などがある。これらの漢字そのもの、あるいは一部に用いた漢字をコピーやネーミングに使用するときには、その成り立ちやイメージを十分に理解して活用したい。そうすることで、漢字が持つ真の力を発揮できるはずだ。

象形文字「犬」(写真)を見ると、頭部を上に、尾部を下に、左向きに横たえたような様に犬を描いていることが分かる。甲骨文字では、足先まで写し取っていた。「羊」や「牛」が動物を正面から見て、角や顔、上半身などがほぼ左右対称に描かれている点とは大きく異なる。これは私の推測だが、頭部を上にして横たえられた犬はすでに生贄として葬られており、それによって器物や祝詞などを清める力を増すように描かれたのではないか? もし生きた犬を私が描くなら、頭部を左にし、尾部を右に配置し、その姿を生き生きと表現するだろう。「馬」や「鳥」などはこの配置に近い。

「犬」を一部に用いた漢字は少なくない。「伏」「献」「猷」「就」などで、いずれも儀式的な意味を感じさせる。旧漢字から常用漢字に移行する際に「犬」を「大」に簡略化した漢字に「器」のほか「類」などがある。生贄としての犬のイメージを失っているが、成り立ちが同様であることを記憶に留めておきたい。また、甲骨文字の「犬」を見る限り、この字がケモノヘン(犬部)として独立し、「猫」や「猿」などほかの動物に加え、「狩猟」に関わる言葉などに展開していったようだ。生贄としてのみならず、猟犬としても人の役に立ってきたからではないだろうか。人と犬との間には、ペットを超えた深い関係があったのだ。また、犬が生贄にふさわしい動物として選ばれたのは、人に強くなつく性格に特別な神性を見出されたからかもしれない。(下川一哉)

参考文献:『常用字解』『字統』『字通』(白川静/平凡社)

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